アラフォーの本棚

40前後の中年の読書記録を公開。

書評:王とサーカス ~時に正義は悪より犠牲を生む

王とサーカス

ミステリーとしては、派手なトリックがあるわけではないものの、緻密なロジックの上で事件の真相にたどり着く正統派。私はミステリーとしての出来もさることながら、事件の背景にある犯人の動機というか思想というか、そういうことを考えさせられた点が傑作と思う。

 

本書の舞台はネパール。実際に起きた王族殺害事件を題材として、厳戒下の国で起こった軍人の殺害事件を異国の人間である日本人ジャーナリストが追う。

 

ミステリー小説のため、ネタバレは避けるが、小説の後半に作中人物から、ジャーナリズムが正義のために行った報道が、多くの人の命を奪ったという言葉が出てくる。その報道は、ネパール国外からのもので、完全に善意から発信され、誰からも妥当な報道であると判断されることは間違いない。それでも、少なからぬネパールの人間を窮地に陥れた。

完全な悪意からの行動や制度であっても、その中で生きている人間がおり、さらにその人間自体は悪意を持たずにそこで生きていることも多い。それを壊すことは、たとえ善意からであり正義であったとしても、少なくともそれらの人間の生活を壊す。

 

よく言われることではあるが、正義は常に一つではなく、極端な話、人間の数だけ正義があるともいえる。その中で、ジャーナリズムが果たす役割は何か、ということに悩む主人公は読者に多くの示唆を与えてくれるのではないか、感じた。

正義とは何か、どうあるべきか、ということを考えさせられる秀作。