アラフォーの本棚

40前後の中年の読書記録を公開。

書評:クジラアタマの王様 ~今生きている世界は現実か、誰かが見ている夢なのか?

クジラアタマの王様

伊坂幸太郎の文庫最新刊。

いつも通りの伊坂節。現実とは地続きであるものの、少しファンタジックな世界観。登場人物が深刻な状況に陥りながらも、どこかユーモアのあるセリフが交わされ、その点がやはり現実感から少し離れる印象を与える。残酷なことが描かれても、その残酷さは中和され、犯罪者が出てきてもなぜだか明るい雰囲気を残す。伊坂幸太郎ならではの筆致は本作も健在。

 

主人公は会社員だが、様々なトラブルに巻き込まれる。いつも、辛くもそのトラブルを切り抜けるが、トラブルを切り抜けられるか否かは、夜見る『夢』の内容が関わっていると主張する人物が現れ。。。

 

本書は、コロナ禍が発生する前に単行本化されて世に出ているが、パンデミックについて言及されている箇所がある。作者の想像で描かれていると考えられるが、パンデミックを経験した読者は、それが現実でも大きく当てはまっていることに驚くに違いない。作家の想像力が並外れていること、特に伊坂幸太郎がその想像力に富んでいるのかもしれないが、少なくともそれを感じられる。

今回は、夢をテーマにした小説ともいえるが、現実に起こりそうな事件に、一つ現実からずれた要素を取り込み、ファンタジックな世界観を作り上げるのは、作者の得意とするところ。それが今回は夢である。

主人公たちに降りかかる事件は、乗り越えることが大変困難なものばかりだが、ある種ご都合主義な展開で解決していく面も多い。しかし、それを許す世界観を作り上げているため、矛盾を感じない。伏線回収が、伊坂幸太郎の小説の醍醐味、とも言われるが、本格推理以外で、出てくるあらゆる要素が結末に活きてくるのは、逆に現実味が薄れる。これも、伊坂幸太郎が作る世界観により、許されていると思う。

伊坂幸太郎らしい、傑作だと思う。

書評:魔偶の如き齎すもの ~ 短編の中でホラーとミステリの融合

魔偶の如き齎すもの

刀城言哉シリーズ第3(だったっけ?)短編集。

シリーズ特有の不思議な事件の影に怪異がある、という舞台設定。探偵役・刀城言哉が事件の謎を解くものの、すべての謎を解き切れず、一部に謎が残り、それは怪異のせいでは、という内容。

人を乗っ取る『妖服』、死を超越した『巫死』、人を食う屋敷『獣家』、人に不幸をもたらす『魔偶』、リアル人間椅子『椅人』。これらが関わる事件に大学卒業後間もない刀城言哉が挑む。

 

個人的には、このシリーズの何とも言えない雰囲気がとにかく好き。時代背景は、戦後すぐの日本が混乱の中にある時代で、妖怪やお化けの類がかろうじて出てきそうな時代である。古くは横溝正史金田一耕助シリーズ、最近では京極夏彦百鬼夜行シリーズに近い雰囲気。

ミステリーとしての謎解きを提示しながら、物語が破綻しない程度に解けない謎を残し、それは怪異のせいかも知れない、というホラー的オチをつけるのは、かなりのバランス感覚が必要で、それを成し遂げるのはこの著者の創作の腕がなせる業だと思う。

 

本シリーズの第1作の衝撃が非常に強く、よくできていると感じたので、どうしてもそれと比べてしまいがち。そうすると、本短編は衝撃度もホラー要素も見劣りしてしまうが、それでも十分おもしろい。むしろ、シリーズを全く読んだことのない人には入門書としては最適かもしれない。

ただ、やはり長編のほうがホラー描写を詳細にできるし、ミステリーの謎も広がるので次回長編に大いに期待したい。

書評:Dr.STONE ~少年漫画の新境地!唯一無二の科学漫画

Dr.STONE26

先日、とうとう最終巻が発売されたDr.STONE

個人的には、科学というネタを競争が激しいといわれる週刊少年ジャンプで完結まで描き切ったのが単純にすごいと思う。さらに、読むと科学の知識が身につく点、子供にも安心して読ませられる描写等、親の目線でもいい漫画だと思う。

特に描写の面では、最近の週刊少年ジャンプの漫画群が大人向けにシフトしていっている中で、ともすれば暗くなりそうな舞台設定なのに、明るい雰囲気で進めていった点はストーリー構成の妙だと思う。

 

突然、全人類が石化する現象が全世界で発生。文明は一瞬で崩壊する。

そして、石化から3000年程度たったとき、天才科学高校生である主人公が石化から目覚める。主人公は文明が途絶えた地球で、科学の力を頼りに文明の再興を誓う。

人間の石化を解除するにはどうするのかを探り、石化から目覚めた人間同士の争いに巻き込まれながら、徐々に文明の再興に成功していく。中盤以降は、なぜ人類が石化したのか、の謎解きも加わり、クライマックスに進んでいく。

 

文明荒廃、人類滅亡後の世界、という舞台設定が与えられているため、ともすれば暗いストーリーとして語られがちであり、そのようなSF漫画作品は多いが、本書は全く違う。科学の力を信じ、人間を信じたうえで、どのようなピンチにもポジティブな思考で挑んでいく主人公は、少年漫画のテンプレートそのもの。

敵を倒す、のような少年漫画の登場人物に与えられがちな課題より、はるかに大きな課題を本書の登場人物たちは与えられているが、それでも基本的には明るい雰囲気でストーリーが進むのは、ストーリーテリングの妙だと思う。

もちろん、フィクション要素はかなり強く、場合によってはご都合主義に感じる展開もないではないが、本書はそのあたりのストーリーの精緻さではなく、科学を面白く、かつ分かりやすく伝えていることである。原始時代のような舞台から、徐々に現代の文明に近づいていく過程を見せられることで、人類の科学の発展を一端のみであるのだろうが読者にも感じとらせていることが、この漫画が他の漫画と一線を画すものにしている。

書評:人を動かす ~人間関係構築の至高の書かも?

人を動かす

リーダシップ本や自己啓発本は数あれど、不朽の名作ともいえるのが本書。

読み継がれている書物なだけあって、リーダーシップをとるためのコミュニケーションを学ぶのなら本書。個人的には、ビジネス書関連はほとんど読まないが、この本はかなりおススメ。かつ、読後自分のマネジメント観が大きく変わった。

 

著者自身の経験や著者が研究テーマとして扱う、リンカーンの逸話の中にあるコミュニケーション術を元に、人を動かすコミュニケーションのポイントが書かれている。一見当たり前のことだが、自分を顧みたときにそれがきちんとできているかは非常に微妙である。

 

個人的に印象深いのは、失態を犯した人間に対するリンカーンの対応方法。リンカーンは相手をなじるような手紙をしたためたが、死ぬまで相手に送ることはなく、机の中からその手紙が見つかった。では、実際にはどうしたかというと、相手をねぎらったうえ、失態と思われる事実の挽回をお願いしたらしい。

このエピソードから、相手の非を並べ立てるのは、一時の自分の気晴らしにはなるが、デメリットも非常に多いことが語られる。相手との人間関係が壊れ、うまくいくこともうまくいかなくなり、人間関係から組織が機能不全に陥る。どんなに相手に非があってもそれを指摘することは、生産的ではない。

 

上記の内容を読んでから、自分がマネジャーに相当する地位にいる場合、相手を責めることは自分のためにならない、そして、自分の弱さを受け入れられない、と思うようになった。いや、実態は思おうとするように試みるようになった、という程度。。。

下手なリーダー本を読んでいるぐらいなら、本書一択!

書評:日本の歴史7 ~武士政権の始まり、貴族社会の黄昏

日本の歴史(7)

日本史の中でも人気の源平合戦から鎌倉幕府の成立・安定までを著している本書。ちょうど、現在放送中の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」と完全に一致する時代。今までの貴族がけん引する社会が終わり、武士が台頭する時代が描かれる。大きな政治の変化の時代であり、そのダイナミズムは読みごたえ抜群。

 

源頼朝の蜂起から始まり、源平合戦鎌倉幕府の成立、源氏の将軍の統治から北条執権政治への変化、承久の乱を経て、鎌倉幕府の安定へ。

 

平家の政治は、武士が貴族化することでその隆盛を極めるが、その路線は行き詰ってしまう。これは、公卿の妨害を受けることや、地方武士の利害の調整を中央では行えないためではないかと思う。一方、頼朝は基盤を関東に置いたため、坂東武士と呼ばれる地方武士の集団を間近に見、中央での政治の掌握は困難であることを悟ったことが幕府成立の要因ではないかと思わせる。

 

また、幕府の成立の合間にも様々な人間ドラマがあるが、義経の悲劇はやはり最も有名なもののひとつ。戦の天才ではあるが、政治感覚の無さが命取りとなる。頼朝は源平合戦の終盤は、明らかに自分が天皇を無視して、日本の政治の主導を握ろうと考えていたと思われるが、義経はそれに理解がなかったのか、自分が取って代わろうという野心を持っていたのか、天皇法皇)に接近しすぎ、頼朝との確執を生む。

義経をも葬り、政治の頂点に上り詰めた頼朝も、急な死を遂げ、その息子である2代、3代の将軍も非業の死を遂げる。源氏の血は絶え、以後は北条家が政治の主導を握る体制に。

平家物語では、諸行無常、盛者必衰の代名詞として平氏があげられるが、その後を追うように源氏も滅んでしまうのは、歴史の残酷さというか、もののあわれというか、そういうものを否応なく感じさせる。

書評:白鯨 ~読書スキルの限界を見せつけられた作品

白鯨

文学史に燦然と輝く名著。

・・・のはずだが、読むのに非常に時間がかかり、挫折しそうになった。上下巻をひとまずは読んだが、果たしてこの本の面白さを私が理解できただろうか?この本を読むことで、しょせん私の読書スキルも知れたもの、という挫折感を味わった。

 

サマセット・モームが選ぶ、傑作小説10選のうちの一つに選ばれたらしく、名著として有名な作品。ただ、同時に読み通すのが非常に困難、という点でも有名な作品であるらしい。ひとまず、私と同じ挫折を味わった人は多いのだろう。

 

主人公は捕鯨を行うため、捕鯨船へと乗り込む。主人公が乗り込んだ船の船長は、モビー・ディックと呼ばれる巨大な鯨に、過去に片足を奪われており、再度モビー・ディックとまみえ、復讐をしたいと願っている。

モビー・ディックと出会う航海の中で、船長やその他の乗組員と主人公は心を通わす。やがて、モビー・ディックが目の前に現れ。。。

というストーリーで、新潮文庫版で上下各700ページ程度、計1400ページあるのだが、前述したストーリー部分は、200~250ページ程度で収まるもの。では、残りの1000ページ余はどんな内容なのか、というと鯨の博物学的な知識なのである。

 

最初の150ページ程度で、捕鯨船に乗り込み、船員たちと出会い、船長の描写があり、さて、次は航海の中での事件が描写されるのか、と思いきや、延々と鯨の生態や分類、その他それにまつわる科学的、または哲学的な考察が述べられる。そして、最後の100ページ程度で、モビー・ディックとの闘いが描かれる。

 

難解であろうと、小説である以上、何とか読み通せるだろう、と甘い考えで取り組んだのが間違いだった。さほど興味のない鯨の知識を、難解な文章で読まされるのはなかなか無い読書体験だった。ただ、間違いなく言えるのは、この本が駄作なのではなく、読み手がまだまだ未熟なのである。読書スキルをもっと伸ばすことができたその暁には、再度白鯨に挑戦し、この本の面白さを自分のものにしたい。

 

この本の読み方、面白さが分かる人は是非、ご教示願いたい。

書評:ネジ式ザゼツキー ~ミステリーの枠に収まらない傑作本格ミステリー

ネジ式ザゼツキー

奇想。これに尽きる。

よく、こんなストーリーを考え付くな、とただただ脱帽する小説。読後に残るものは少ないが、読んでる最中はこの小説の世界観にただ圧倒される。最高級のエンタメ。

ミステリーを読まない人には、「容疑者Xの献身」を薦めるが、ミステリーを一定程度読んだ人には、本書をお勧めしたい。

 

御手洗潔シリーズの一つ。北欧で脳科学の研究をしている御手洗のもとに、記憶を数分しか保てない人が現れる。その人物はこのような状態なのに、中編の小説のような手記を書く。

第1部は、この中編小説の内容が語られ、第2部では御手洗潔がこの小説がなぜ書かれ、何を示しているかを読み解く。読み解いた結果、現実で行われた過去の殺人事件につながり、、、というのが第3部。

ファンタジックな作り話、その作り話の裏にある真相の解明、そこから導き出される現実の殺人事件、とめくるめく舞台の転換。だが、それを読ませる筆力。

 

御手洗潔シリーズには、トリックが奇抜なものが多いが、本書はトリックではなく小説の構成自体が奇抜、という読者の斜め上を行くストーリーが魅力。とにかく、読む行為自体を楽しめる一級のミステリー。いや、ミステリーのジャンルに収まらない新ジャンルの小説。